名師譚吉堂老師(右)の指導を受けられる安天栄老師(左)。
―霍氏八極拳専編より―

 安天栄老師の八極拳は、中国清朝最後の皇帝、愛親覚羅溥儀の師であり、保票(←
金偏)をもつとめた霍殿閣、いまや伝説になりつつある武人霍慶雲、そして霍慶雲の早
期の愛弟子である原慶春を経て、安天栄へと受け継がれてきたもので、言わば「霍氏八
極拳の正宗」と言うべきものである。

 武藝1997年夏号には、紙面の都合上割愛したが、安天栄老師の師である原慶春老師
についてふれる。



第一届全運会武術比賽での記念写真
後列右から4番目が原慶春老師。
王子平・沙国政・李天驥・孫剣雲各老師らの姿もある。
―霍氏八極拳専編より―

 安天栄老師のお話によると、「原慶春老は、もともと査拳士であったが、かねてから無
双と謳われていた霍慶雲老師との技比べに敗れ、霍氏八極門の門をくぐることになっ
た。

 霍慶雲老師は、当時原慶春老師がすでに査門のなかで、ひとつの門を構えておられた
ので、自らの門に加わり、師弟関係を結ばれることを望まれるのではなく、どちらかとい
えば、兄弟・友人として交流することを望まれた。

 しかし、原慶春老師は、事実上、八極拳の拳技を霍慶雲老師から学ぶ関係であり、霍
慶雲老師の人格に魅せられたことから、義兄弟としてではなく、霍慶雲老師と師弟関係
を結ばれることを望まれた。

 私は、原慶春老師の査門時代からの弟子であり、原慶春老師の人柄が好きだったの
で、霍慶雲老師と同代の師兄弟から指導を受け、何度もその門に加わるように、つま
り、原慶春老師と同代になるよう薦められたが、すべてそれを断った。

 原慶春老師は、私の武術の蒙を開いて下さった老師のひとりだった」とのことであっ
た。

 厳格な師父であった原慶春老師の指導により、安天栄老師は、自身の功夫が大成す
ると、更なる技撃の発展を望んで、師爺である霍慶雲老師や、その弟弟子である譚吉堂
老師、また吉林省武術隊時代には、斉徳昭老師等の名家にも指導を受け、霍氏八極拳
の深奥を学び尽くした。

 その後、更に安老師は、別派の八極拳の研究のため、何福生老師から南京中央国術
館系の八極拳、馬賢達老師から馬氏伝来の八極拳を学び、幾多の技撃に磨きをかけ
て、自己の八極拳の完成に努めた。

 また、安天栄老師は技撃を追求するだけではなく、本場中国での様々な大会でも活躍
され、1959年10月の第一届全国運動会武術比賽において、快・猛・瓢・帥、と霍氏八
極拳を演じ、金牌を獲得された。更に著作活動も活発で、安天栄老師は、中国本土の武
術専門誌「武林」などで、八極拳の論文を多数発表されており、その八極拳は、王培生
(呉派太極拳)・呂紫剣(宋氏八卦掌)・裴錫榮(劉派・尹派八卦掌)・李文彬(尚氏形意拳)
等、いずれも当代随一の武術家が集結して整理・編集している中華武術大観の第八巻
に「安天栄 霍氏八極拳専編(湖北科学出版社/南奥出版社 1994年)」として収録され
ており、安天栄老師の八極拳は、本場中国において名実共に認められている。



安天栄 霍氏八極拳専編(湖北科学出版社/南奥出版社 1994年)

  安天栄老師の今回の来日は、現在日本で活躍されている伝統武術家で、安天栄老
師の義弟でもある、山西車氏形意門、趙玉祥老師、通背門の巨手、常松勝老師のもと
を訪ねるためのものであり、実に12年ぶりの来日となった。

 筆者は斉徳昭老師の系統の八極拳を研究している。趙玉祥老師には、かねてより親し
くしていただいており、今回の安天栄老師の来日につき、趙老師の御厚意で、安天栄老
師に引きあわせていただいた。

 また、無理を言って、有志を募って安天栄老師来日記念講習会を開かせていただき、
安老師に実際に手を交えてご指導いただいた。

 講習会では、霍氏八極拳大架(理論・要訣・歌訣・拳譜等)をメインに六大開概論・八大
招・八極拳の擒拿法等に加えて、剣や槍(特に六大開の「抱肘」を説明されたときに見せ
ていただいた槍法は、大変すばらしいものであった)といった武器類をもご指導いただい
た。

 講習会は当初四時間くらいの予定であったが、安天栄老師の熱の入れようは尋常で
はなく、延長、延長で、ついに十時間を超えてしまった。

 途中、何度か休憩をはさんだが、そのときには、安天栄老師が練拳に励まれた頃の話
や、他の参加者達の質問に答えていただき、実際にはほとんど休みがない状態であっ
た。

 安天栄老師のご指導は、筆者にとって非常に大きな収穫となった。同門ということもあ
って、以前から研究していた斉徳昭老師系の八極拳の理解を深めることができた。

 約10時間を超える講習会のすべてを、そのままお伝えすることは、筆者の力量不足
のため、不可能であるが、これより、安天栄老師に指導を受けて、筆者が感じたこと、ま
た、印象に残ったことを、僅かではあるが、できるだけ詳しく述べてみたい。


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