我が国の民間には、四句の名言がある。「人老先由腿上見,歩履維難手杖添。毎天
百歩君須記,腰腿転動寿延年。(人の老いは先ず腿上に見られ、手に杖を添えても歩行 が困難となる。人は毎日百歩、歩く習慣を心しなければならない。足腰を動かせば長寿 を延年することができる。)」と。
八卦掌は内家拳の一種で中国四大名拳のひとつであり、極めて良い健康作用を有し
ている。
八卦掌は清代皇宮侍衛であった著名武術家董海川師より伝えられた。董師が伝えた
八卦掌には、八大掌・連環掌・龍形掌・八卦太極拳・穿九宮及び三十六腿・七十二腿、 八卦散手等があり、これらは掌法変換と尚(←走偏)歩転圏運動そして、腰胯転動を用い る拳術であり、具体的な練法の簡介は以下の如くである。
1、各種の掌法はいずれも転圏走歩の基本練法で、ただひとつ、八卦太極拳のみが、
直線歩行の練法である。穿九宮は目標変換練習のために九宮方位を使っておこなう。 九宮方位とは、すなわち乾(西北方向)・坤(西南方向)・震(正東方向)・巽(東南方向)・坎 (正北方向)・離(正南方向)・艮(東北方向)・兌(正西方向)・中央である。
2、練習時、八卦掌は身法と姿勢上の要求において、八形と三相を備える。八形とは、
鶏腿・龍身・熊膀・猴相・虎座・鷹翻・鷂鑚・亀(←ダ)形であり、三相とは、「行走如龍,回 身如猴,換掌如鷹。(行走すること龍の如く,回身すること猴の如く,換掌すること鷹の如 し。)」である。また、この他に「穿・坂(←手偏)・截・欄(←手偏)・獰(←手偏)・翻・走・転・ 推・托・帯・領・纒・扣・ヲ(引っ掛けるの意)・鑚」の十六字訣がある。
3、八卦掌の「四梢」・「十要」・「九論」
「四梢」とは、手足の爪である筋梢、歯である骨梢、人体の毛と頭髪である血梢、そし
て下である肉梢の四つであり、八卦掌を学ぶ者は四梢の理を究めなければならない。気 は四梢を貫き、掌頂(掌で突き上げること)には、推山の力が有り。四梢の奥妙を明らか にすれば、心は晴れ、精も足り、気は綿々と広がる。
「十要」とは、三頂・三扣・三円・三平・三疾・三敏・三抱・三垂・三曲・三挺である。
「三頂」とは、頭頂・舌頂・掌頂のことで、頭を真っ直ぐ突き上げるようにすれば、気は
四梢に達する(頭頂)。舌を上顎に付ければ、心は目・耳・鼻・口の七穴に通じ、腎気は下 降し、津液(唾液のこと)は口の中に広がり、澄んだ気は上り、濁気は降りる(舌頂)。八卦 掌には、掌を出せば推山の力があり、力は手の筋梢を貫く(掌頂)。
「三扣」とは、肩扣・掌扣・歩扣のことで、肩を扣、すなわち肩を前に出して内側にむけ
れば(含胸抜背のこと)、力は肘に到達し(肩扣)、掌を扣、掌形を凹にすれば(掌心をくぼ ませること)、力は手に達する(掌扣)。また、歩を扣、すなわち足先を内側に向ければ、 両膝に抱力を有し、力は足の筋梢に達する(歩扣)。
「三円」とは、脊背円・虎口円・身形走円のことで、背中を円にすれば(背中の凹をなく
すことで、猫背のこととは違う)、力を身体に促せ、力は背中から生じる(脊背円)。虎口を 円にすれば、力が指先まで達し、腕力が増大する(虎口円)。身体が円を歩めば(走圏を おこなうこと)、気は身体を貫き全身をめぐり、命門の火を増強する(身形走円)。
「三平」とは、両足平起・両足平落・両足平走のことで、両足を平に起こせば、脚力・腿
力の勁を完全なものとすることができ(両足平起)、両足を平に落とせば採(←足偏:踏み つけるの意)歩の勁があり(両足平落)、両足で平走、すなわち身体が上下しないように歩 けば(走圏をおこなえば)、内気を散開させることが無い(両足平走)。
「三疾」は、「回身すること疾き猴の如く」を一疾、「換掌すること疾き鷹の如く」を二疾、
「穿掌すること疾き鷂の如し。」、これを三疾となす。
「三敏」は、心は素早く(敏)、変化は無窮であり、眼は機に従い、変化に応ずること速く
(敏)、手には制敵の算を蔵し、素早いこと(敏)が要求される。
「三抱」とは、丹田抱気・両肘抱脇・両膝獰(←手偏)抱のことで、気を丹田に蓄えれば
(丹田抱気)、気は外散することなく、両肘で脇を抱え、すなわち脇を締めてこれを護り(両 肘抱脇)、動きが不安定とならないようにし、両膝を獰(←手偏)って抱えるようにして歩行 をおこなえば、穏やかな山の如く安定する。
「三垂」とは、気下垂・肩下垂・肘下垂のことで、気下垂、すなわち気を下降させて丹田
を貫き(気下垂)、肩を下げ(肩下垂)、力を肘に促す。また、肘を下に向けて(肘下垂)、含 胸抜背となる。
「三曲」とは、両肱曲・両股曲・両腕曲のことで、両腕(肱)を伸ばしきらずに曲げること
により力は満ち、両腿(股)を曲げることによって重心が低くなり安定する。また、両手首 を反らせることにより、掌根に頂力(突き上げる力)を備える
「三挺」とは、頸挺・腰挺・膝挺のことで、首筋(頸)をぴんと伸ばせば(頸挺)、精力は貫
頂し、腰を真っ直ぐに伸ばせば、力は全身を貫く。また発勁時、膝をぴんと伸ばせば、あ たかも弾丸が貫通するような威力を有する。
「九論」とは、論身・論肩・論臂・論指・論手肘・論股・論足・論谷道・論腿の九つであ
る。
「論身」について、すなわち八卦掌の身体上の要求について論ずれば、頭を、顎が上
がったりしないように真っ直ぐにし、身体を左右に傾くことなく一直線となし、首筋(霊)を 虚、つまり力を抜いて、頭部を上に突き上げて伸ばし、腰を軸となし、胯(腰の両側と股 の部分)を先鋒、すなわち動く時には腰から動くようにすることである(論身)。
「論肩」について、すなわち肩について論ずれば、肩を弛める(鬆)。肩穴開とは、肩を
弛めて伸ばし、肩部にくぼみをつくることであり、この要求を満たせば、気は身体を貫 き、全身をめぐる(論肩)。
「論臂」について、すなわち臂(腕のこと)について論ずれば、前の腕(臂)を円として、内
勁を伸出する。この腕は曲に似て曲に非ず、直に似て直に非ず。弓形の如く曲げた腕の その力は無窮である(論臂)。
「論指」について、すなわち指について論ずれば、人差し指を眉の高さとし、中指を上
に向ける。薬指と小指を並べ合わせ、親指を微かに曲げる(論指)。
「論手肘」について、すなわち手肘について論ずれば、前手を外に推し出すようにし、
後手は下に向ける。前の手肘を後足の跟に合わせ、後の手肘は後足の爪先に合わせ る(論手肘)。
「論股」について、すなわち股について論ずれば、走圏時、前腿(股)が進行方向を決定
し、後腿(股)に、しっかりと力強く安定するように重心を置く(論股)。
「論足」について、すなわち足について論ずれば、走圏時、内側の足は真っ直ぐに前に
出し、外側の足は微かに内側に向ける。扣歩は小さくおこない、また擺歩は大きくおこな う。歩法は泥の中を歩むように足を平に上げて平に下ろす(論足)。
「論谷道」について、すなわち谷道について論ずれば、谷道、つまり肛門を上に引き上
げる(括約筋に力を入れて窄めること)と、気は督脈を通じ、任脈に接するに至り、そして 気は丹田に入る。これは所謂「提肛実腹」のことである(論谷道)。
「論腿」について、すなわち腿について論ずれば、動作が起こる時には、上腿(大腿の
こと)が先に動き、胯部がそれに続き、後足の膝と小腿(脛)が動ずれば、足の踝も動ず (論腿)。
歌に曰く「十要九論理要明,生剋変化妙無窮,若能悟出此中妙,周身渾元任意行(十
要九論の理は明らかにされることを要し、生剋変化の妙は無窮である。若し此の中の妙 を悟り、思い出すことができれば、渾元の一気は全身に行き届き、思うままに運行す る)」と。
八卦掌には、この他に「三空」・「四墜」・「十二要」という一論がある。
「三空」とは、掌心空・足心空・胸心空のことで、掌心を凹となし、すなわちくぼませて
(掌心空)、足の裏の足心穴を空にする(足心空)。胸心空とは、胸を凹となし(含胸のこ と)、雑念を排除することである。
「四墜」とは、肩を沈めて(墜)腰に連ならせ(或いは、肩と手、手と肘を連ならせ)、腰を
落として(墜)膝と連ならせ、膝を落として(墜)足と連ならせる。このようにして八卦掌を練 れば、上下は相連なり、一気は身体を貫き、勁が整う。
「十二要」とは、身直・項竪・肘墜・背円・胸含・腰搨(←土偏)・掌頂・襠扣・胯緊・両膝
抱・屈膝・堂(←足偏)泥歩であり、身体を真っ直ぐにし(身直)、首筋を立てて(項竪)、肘を 下に向け(肘墜)、背中は円、すなわち猫背になることではなく、肩甲骨を横に開く(背 円)。また、両肩を前に出してむねを凹となし(胸含)、重心を下げて腰を安定させ(腰搨)、 掌は上に突き上げ(掌頂)、股間、すなわち大腿を閉める(襠扣)。腰の両側と股との間の 胯部は、背中と連ならせて腰背部が真っ直ぐなるように固定し(胯緊)、両膝は抱え(両膝 抱)、膝を曲げ(屈膝)、水中やどろの中を歩くように歩む(堂泥歩)。
これらの要訣を形づくることは、鍛錬によって内外を合一させ、力を整え、勁が散乱し
ないようにすることができるようにするためであり、このようにすることにより、八卦掌の 整勁の特徴が際立つようになる。
4、八卦掌の動作の特徴
八卦掌の動作は軽やかですばしこく、歩むときの足取りは敏速で、流水が流れ行くよう
であり、また両掌は行き交い、上下は相随い、力の大きい相手に対して実を避けて虚を 就くように、身体を退きつつも、素早く攻める。起動は、あたかも物音に驚かされて飛び 立つ鳥のように、一瞬のうちに動作を起こす。これらの特徴は、とりわけ穿九宮の中の 「鳥龍絞柱」・「燕子穿簾」・「白蛇吐信」・「鷂子鑚天」等、一連の動作の中に際立って現 れ、八卦掌を目にする者を魅了する。
5、八卦掌の堂歩功(採歩)(←漢字は共に前述)の要求は、気を丹田に沈め、意を丹田
に置く。このような鍛錬は健身に充分な効果があり、国際上提唱されているゆっくり歩く ことや、ジョギング等の走ることよりも非常に多くを得るであろう。なぜなら、ゆっくり歩い たり、また走ったりすれば、内臓の気は往々にして逆に上がるからである。
これに対して八卦掌の採歩は、身体中の絡脈を常に鍛錬し、気を丹田に沈めることが
できる。したがって八卦掌には健身作用があり、病を取り除く効果が非常に高い。
八卦掌の鍛錬を続けよう。そうすれば萎縮して弱った筋骨を強壮で丈夫なそれに変
え、全身各部の機能系統を増強することができる。
それゆえに八卦掌を練れば「一生體健常無病,百歳童顔不作翁(一生身体が健康で、
常に病無く、百歳になっても若々しく見える)」というようになる。
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